サイアメントの新作公開です!!
マルチスケール・マルチフィジックス心臓シミュレータ UT-Heart
東京大学と理化学研究所とで開発された心臓シミュレータ「UT-Heart」。その緻密で膨大なシミュレーションデータを完全に正確に、そして美しく、楽しく可視化、映像化させて頂きました!5分15秒に及ぶ大作フル3DCGアニメーションです。心臓の魅力をぜひご堪能下さい!!
スーパーコンピュータ京を中心として、スーパーコンピュータとそのネットワーク(これをHPCIと言います)を最大限に活用する研究分野を、文部科学省が5つ定めています。UT-Heartは、HPCI戦略プログラム 分野1「予測する生命科学・医療および創薬基盤」に含まれる大型の研究の1つなのです。
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いつか実現したいと思っていたことを、また1つこうして形にすることが出来ました。世の中、データ・ビジュアリゼーション(data Visualization)とかインフォグラフィックス(infographics)とか言う言葉が流行っていますが、個人的にはどれも昔からある表現手法に名前が付いただけと言いますか、数値を色の透明度に対応させたり、地図上にプロットさせたり、新鮮味を感じることはほとんど無く、デザイナーさんたちがこれまでに既に行ってきたものに対して今更学会でもてはやされたり、学問的に論じられたりしているのがとても不思議でした。
また、昨年8月にスパコン京のシンポジウムに参加させて頂いた際、あまりにもつまらなく、紹介された映像も専門的すぎたり、一般向けの映像としては訴えかけるものがほとんど無かったりと、改善の余地がありまくる印象を受け、自分だったらどうするかをずっと考えていました。
そんなときに頂いた今回のお仕事。
もの凄く複雑な三次元のデータを、これでもかと言うくらいエンターテイメント技術を用いて可視化する、と言うことをいつかやってみたいと思っていたのですが、今回形にすることが出来ました。
三次元の膨大な数値データを全て正確に可視化し、且つ映像の最初から最後まで魅力的に見せ、楽しみながら内容をきちんと学べる、そんな映像にしたいと考えました。
今回の映像制作でどうしても紹介させて頂きたいキーパーソンが2人いらっしゃいます。小田啓太さんと森下唯さん。どちらも筑駒の先輩です。
小田さんは、筑駒パ研(パーソナルコンピュータ研究部)時代の先輩。今回、膨大な数値データを3DCGソフトウェアに取り込んで扱うことになったわけですが、核となる部分は小田さんが作って下さいました。私はAutodesk Mayaと言う、ハリウッド映画制作などでも使われているソフトウェアを用いているのですが、Pythonにフル対応していると言うことで、小田さんにはデータ変換のPythonコードを書いて頂きました。
さすがは筑駒の先輩、プロのプログラマーでして、書いて下さったPythonコードがあまりにも美しく、そのおかげで私自身もPythonをある程度扱えるようになり、Mayaとの連携を実現させることが出来ました。
Mayaで数値データを扱うのは思った以上にメチャクチャ大変だったのですが、そのあたりはまた別の機会に書くことにしましょう。
Mayaに依存しない部分を小田さんが書き、どのようにMaya上に情報を持たせるか、どうすれば、その後デザイナーがデザインの観点から操作し易く出来るかを私が考え、何とか必要なデータをほぼ全て素材として扱うことが出来るようになりました。
データ変換、と言っても、ただデータを配列に格納しただけではなく、NumPyを使って行列演算で座標全体を拡大・回転させたり、線形補完をしたり、断面を生成出来るようにしたりと、3DCGプログラミングの基礎的なところをかなり網羅する形で、私も久々にプログラミングの楽しさを思い出しました。
もし小田さんがいなかったら…今回のプロジェクトは絶対に上手くいきませんでした。
もう1人は森下唯さん。私が大好きなピアニスト兼作曲家の先輩です。先日も素晴らしいリサイタルを聴かせて頂きました。まだ未完成の映像をお渡しして音楽を作って頂いたのですが、曲の雰囲気はもちろん、場面転換や盛り上がりに完璧に一致して音楽も変化し、あまりにも素晴らしい音楽に仰天しました。
森下さんにはこれまでにも何度も音楽制作を引き受けて頂いているのですが、超ざっくりイメージをお伝えしただけでいつも一発で完璧すぎる音楽が返ってきまして、これからもぜひ音楽制作をお願い出来れば…と思っておりますし、いつか科学番組を丸ごと一緒に制作出来れば…なんて夢見ております。
今回、制作の監修をして下さったのは、UT-Heartの計算そのものを行っていらっしゃる、東大の鷲尾巧先生。シミュレーションそのものに関して、お忙しい中何度も何度も解説して下さり、データの説明も細かいところまでなさって下さいました。
医学面では、東大病院循環器内科の假屋太郎先生に大変お世話になりました。假屋先生はこのUT-Heartの研究に関して、医師の立場から深く関わっていらっしゃいます。7月6日(日)のTBS「夢の扉+」でも登場されていらっしゃいましたね。私が東大病院で2年間の初期研修をしていた間に最もお世話になった先生でもあります。病院勤務時代にお世話になった先生と、こうしてまた別の形でご一緒出来、とても嬉しく思います。
こうして先生方と打ち合わせを行い、適切なデータ変換を行い、ストーリーボードを作り、シーンファイルのセットアップを行い、テクニカルディレクター的な作業を行い、ビデオコンテを作り、ナレーションを考え、ナレーションに合うようにビデオコンテを調整し、デザイナーが上げてきたものに対して医学面、正確面、デザイン面から細かく修正指示を出し…と、長い長い道のりでしたが、このような形で完成させることが出来ました。映像としての仕上げの部分は、サイアメントの最高デザイン責任者である馬場、及び馬場率いるIntegral Vision Graphicsの皆さんが頑張って下さいました。
今まで、少なくとも日本には無かった形の3DCGの表現ではないかと思います。
本来、3DCGは数学、物理の集合体ですから、今回のような数値データの可視化は最も相性が良いはずで、確かにソフトウェア上でのデータの扱いは至難の業でしたが、3DCGと言う手段を最も活用出来る事例だと思います。
アカデミックの世界に留まらず、色んなところで話題になると良いなぁ。
英語版を作って国際的な科学映像祭なんかにも応募してみたいですね!
今回のように、膨大な数値データを完璧に正しく忠実に可視化した上で、且つ見やすく、楽しみながら第三者に伝える、と言うことはこれからさらに必要になってくると思います。また、最終のアウトプットが今回は映像だったわけですが、これが映像ではなく、リアルタイムでUnity上で動かせるであるとか、Maya上で高速に表示出来るようにするとか、そんな可能性もこれから増えてくるかと思います。
私は制作の中心的な立場として関わらせて頂いたわけですが、この手のことを実現するためには、やはり
・専門的な内容をある程度きちんと理解出来ること
・内容を理解した上で、わかりやすい構成を考えられること
がまず必要です。と、これは、ドキュメンタリー番組を制作されるディレクターの方に求められる能力ですね。
そして、実写ではなく3DCG、或いはモーショングラフィックスのような2DCGで表現するのであれば、
・CGは何が得意で何が不得意かをしっかり理解していること
・デザイナーにとってしんどいこと、時間がかかることをしっかり理解していること
・その上で、適切なストーリーボード、ビデオコンテなどを書けること
が必要です。家造りで言うところの設計図を書く作業です。この設計図というのは、ただ格好良いだけでは全く駄目で、現場の大工さん(デザイナーさん)の作業のし易さなどをわかっていないと、全く独りよがりな設計図になってしまいます。ここが、サイエンスCGに関わるためには、自分が最後までCG制作をやるのではないにしても、CGのことを一通り理解していなければならない大きな理由です。
今回の場合はさらに、
・データを適切に扱うためのプログラムの仕様を書けること
・自分がプログラムを全て書けるわけではないにしても、読めばやっていることがわかり、必要に応じて自分でカスタマイズ出来ること
も不可欠な内容でした。これについては正直最初は全く自信がなく、不安しかなかったのですが、先輩の小田さんに助けて頂くことで、だいぶコントロール出来るようになりました。
また、デザイナー側も、単に見た目が格好良い映像に仕上げれば良いのではなく、内容を理解した上で、いまこの場面では何が最も大切で、どこを見せなければいけないのか、視聴者が理解するために、尺はこの程度で十分なのか、もう少し長い時間見せた方が良いのか、などを十分に考慮した上で、人間の目線の移動などについても理解し、文字の配置や色遣いなどを決めていく必要があり、相当なレベルのデザイン能力が求められます。
世の中に認められるサイエンスCGを作るためには、格好良い映像が作れるだけではダメで、内容を理解出来るだけでもダメで、様々なスキルが必要で、そんなに簡単なことではありません。
私がデジタル・ハリウッドで3DCGを学んでいたのは今から8年前ですが、当時、「これからの3DCG業界の狙いはパチンコと医療だ!」と言われました。何度もこの言葉を聞きました。
いま、日本の3DCG業界は完全にパチンコ依存です。国内の3DCG業界の売り上げの半分以上がパチンコ関連の3DCG映像で、これが海外に流れたら日本の多くの3DCGプロダクションは路頭に迷うことになるでしょう(冗談ではなく本当に)。
一方、医療の3DCG、或いは医療に留まらず、また3Dに留まらず、サイエンス関連のCGは、需要はあるものの大苦戦している、と言うのが私の印象です。理由は簡単で、
・制作する側が内容を正しく理解出来ないから。
・発注する側が、コンテンツ制作についてほとんど無知だから。
の2つです。ようするに、言語が全く異なる人同士で喋ってコミュニケーションを取ろうとしているのと同じです。上手くいくわけがありません。
確実に需要のあるサイエンスCGと言う分野。理系脳がもっとコンテンツ制作の世界にやってきてくれれば、素晴らしいサイエンスコンテンツがもっともっと生まれるのではないかなぁと思います。
理系の方でも、CGクリエーターの方でも、プログラマーの方でも、「こういうサイエンスCGに興味ありまくりです!」という方がいらっしゃいましたらぜひご連絡下さいね。
あ!最後にもう1つ。今回の映像、ナレーションを担当しているのは私の実の弟です!まさか兄弟で仕事が出来る日が来るとは、全く想像もしておりませんでした。
マルチスケール・マルチフィジックス心臓シミュレータ UT-Heart